Base Ball Bear『C』(2006年)
今の視点で見れば、この辺りのベースボールベアー、現在の邦ロック(旧名ロキノン系(いや、イコールではないのか??))の雛形の一つを作ったようにも思える。もちろん四つ打ちの多用も含めて。初期の彼らはナンバーガールやスーパーカーのフォロワーと言われていて、最近『夕方ジェネレーション』(2003)を聴いたらナンバーガール・ミーツ・オアシスみたいで微笑まして楽しかったです。この『C』は「J-POP育ちのナンバーガール」って感じかな、当時、あまり洋楽を聴いてないロキノン系キッズだった私も、ナンバガより聴きやすくてポップでキメキメなこのギターロック普通にかっけーな、って感じで聴いておりましたよ。
M-1「CRAZY FOR YOUの季節」、M-2「GIRL FRIEND」、M-3「祭りのあと」、M-4「ELECTRIC SUMMER」と立て続けにシングル曲&初期の彼らを象徴する代表曲があり、M-8「STAND BY ME」も含めその完成された感じに唸るばかり。オブリがいちいち考えられていて小憎いです。また、久々聴き直すとアルバム曲は少しひねくれていて面白かったです。M-5「スイミングガール」、これはXTC好きなの分かるわ~今聴いてようやく彼らとXTCをリンクさせることが出来た気がします(出囃子がXTCなのも知っていますが)。ギターのショートディレイがかかった感じとか、ナンバガの影響かもしれんしポリスの影響かもしれんが、ようやくXTCっぽいかもとか思えました。
M-6「YOU'RE MY SUNSINEのすべて」は昔から好き。M-10「ラストダンス」も儚げな歌詞で好きです。あとM-11「SHE IS BACK」、この辺で聴けるVo.小出の絶叫は今聴いても向井修徳からの影響を思わせるけど、あくまでポップスとして楽曲をまとめるバンドなのでこう着地するんだな、と感じます。
で、彼らの当時の歌詞世界「十代の青春」なのですが(M-7にもあるとおり)「DEATHとLOVE」なわけで、昔、陰のART-SCHOOLと陽のBase Ball Bear(歌われている中身は近いという意味で)と評してたネット上の文章を読んだことがあるな……。「時代」ですねぇ。このとき小出は「天空感」みたいな謎の世界観を持ち出してたおぼろげな記憶もありますが、向井修徳が言う「冷凍都市」「諸行無常」「殺伐」の自分バージョンを作りたかったのだろうと邪推してしまいます。でもね、そういうところが良かったんだよな。
彼らは『C』の後、「抱きしめたい」「愛してる」といった、明らかに「J-POP」として更に広い支持を獲得するためのシングルを切ります。私とJ-POPの関係は複雑なのですが(苦笑)まぁベースボールベアーってそういうバンドだよね、となんとなく分かっていましたので、なるほどそうくるのね、それで売れてくれれば万々歳じゃないと思ってました。でもメジャー2ndアルバムは『十七歳』というタイトルだと。私の記憶では、小出はJ-POP化はいつでも出来る、それよりも10代の鬱屈した青さを表現する方向へシフトした(発言ママではなく私の解釈です)みたいなこと言ってて、でもシングルはアルバムに入るからなんかちぐはぐだな、と思ったことを覚えていますし、そこからベボベに対しての興味は一旦薄れました。がっかりしたというのかな。
でも今「抱きしめたい」聴くとニューウェーヴっぽいダークな淡々さとそれに反するようなアダルトな詩とかがムチャかっけーじゃん!って思うし全然和解済みです!し、他のアルバムもうっすらとですがだいたい耳を通しているんですが、やっぱこれ以降の小出の歌詞、歌詞って皮膚感覚みたいなものだと思うんですが、そんなに合わないです。「しまいたい」とか「BOYFRIEN℃」とか「eraい人」とか笑。「それが面白いしフックになってんじゃん!」と言われたらそうなんですけども!あー、宇多田ヒカルの言語感覚が俺と合わない感覚とも近い気がしてきた。言いたいことはわかるって時も多々あるから、そこが更にね。あとは普通にコード多めのザ「邦楽」的ソングライティングをこれ以降極めていく(「PERFECT BLUE」なんかに感じます)のもちょっと。中期というか、『二十七歳』あたりの内情吐き出しドメスティックギターロックを意図的に煮詰めていた時期、重いんだよな~でもなぜそれをやりたかったのか(そこに決着をつけたかったか)は元ロキノンギターロックキッズとしてはわかる…。いやなんかね、毎回「わかる~」んだけど肌感覚はそこまで合わんのよ(笑)。
こう振り返ってみると、世代が少し違うがナンバーガールとオアシスとXTCの組み合わせ、後進(高速四つ打ち等…)への影響の大きさ、ヒップホップとの付き合い方とか、要素だけ取り出せばアジカンと似ているんだよなと。洋楽から影響を受けているのに出力されるものがドメスティクっぽいから洋楽ファンからウケが悪そうな所とかも(大暴論)。で、私はゴッチの歌詞(もまぁ時期に寄るんだけど)の皮膚感覚と言うか、メロへの言葉のハメ方とか、まぁ作曲方法ですかね、そういうものがしっくりくるし何なら木下理樹と五十嵐隆にも同じわかりみと親しみがあるのですが、その辺、小出くんへの入り込めなさはありますね。頭でっかち感、無い???でもまぁこれって俺と逆な人もいるだろうし、木下理樹ずっと何言ってるかわかんねゴッチ左翼やんみたいな人も多いんだろうし(苦笑)、なんか比べてネガティヴなこと書いてしまったけど、私は関根史織の顔ファン&コーラスのファンであるとこも含めベボベはずっと気になる存在として居ます。新曲PVもチェックしてます。岡村ちゃんとのコラボによってファンクを体得し、ドメスティック・ギターロックに警鐘を鳴らす『C2』以降、そして近年の落ち着きつつもシンプルギターロックへ回帰していくベボベに対する、私より下の世代からの支持というのは感じます。私にとってのアジカンみたいな存在なんだろうな、と。
『C』の話じゃなくベボベ論に広がってしまったが、完成されながらも青臭い『C』、今聴いても楽しいねということが言いたかったです。